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ヨーロッパ記  
2006年10月26日(木曜日)
シェ−ンブルン宮殿 21:05   yasuhiro 


シェ−ンブルン宮殿

この宮殿はマリー・アントネットの母である
マリー・テレジアの好みを多く取り入れて作られ、
世界遺産に登録されている宮殿です。

ドイツ語で「シェーンブルン」 
カタカナだとかっこいいが・・・
イタリア語なら「ベッラフォンターナ」
日本語なら「美しき泉」

単に館の近くに奇麗な泉を見つけたから、
それを宮殿の名前にした・・ってのりらしい。

語学学校の先生が
「シェーンブルンにはウイーン人はいない」
と言うくらいの観光名所

そして
マリー・テレジア
いつか歴史の教科書の中で見たことがあるかも・・・
程度にしか覚えていませんでしたが・・
ウイーンにくると3日で、二度と忘れない名前となります(?)。

おいらの住んでいるところは、
ここから路面電車で5分ちょっと
歩いて30分弱のところなので、
何もすることが見つけられない時(勉強しろ!!)は、
よくこの宮殿の敷地をさまよっています。

とっても大きくて
散歩コースとしては、敷地内の4分の1も歩けば
数日は運動しなくてもいいような気分になります。

宮殿の中の建物は何に使っているのか、
わからない部分がたくさんありますが
一部が博物館(?)になっていています。

他にもハプスブル家を知ることのできる名所は、国中いたる所にあります。

北海道の田舎のような環境の都市にもかかわらず(?)、
ヨーロッパの覇権や富を長期間に渡って、
思い通りにしたこの一家が存在しなかったら、
モーツアルトは作曲に興味を持たなかったかもしれないし、
ベートーベンなど、ウイーンに眠る多くの作曲家すら、作曲家ではなかったかもしれない。
彼らがいなければ、生まれるはずのない歴史もたくさんあるでしょう。

ウイーンのオペラ座も、ハンガリーのオペラ座も存在しなかったし、
そこで上演されるために書かれたオペラたちも当然存在しない・・・

でも、豪華な空間を見ていると、
むしろハプスブルグ家の苦労といういか苦しみ(?)を感じてしまいます。

古代ギリシアの文化をルネサンスしていく中で、
”オペラ”がフィレンツェにて生まれますが、
生まれた子供を育てたのは、
ウイーンを拠点としたハプスブルグ家という、
人間の血筋に生まれた人々なんだな〜〜と実感します。

そして・・・
サムライやカミカゼ、スシ、ナカタ(^^)で知られる細長い国を祖国とするおいらが、
ヨーロッパで華開いた文化の一つに魅力を感じ、
フィレンツェとウイーンに暮らし・・・
ギリシア生まれの先生を師としているのは、
幸せを通り越して・・・・・・むしろ・・・不思議
(歴史を狙って留学した訳ではないし・・)


そんなウイーン(?)のおいらの団地(?)内の公園で遊ぶ
ちびっ子は・・夜女のアリアを口ずさみます。



一枚目の写真は
正面から移した写真

(ちなみにこの撮影場所から反対を向くと
 ウイーン音楽大学の声楽や演劇の人々が学ぶ校舎があります。
 中心部にある校舎とは違って・・、
 シェーンブルン宮殿の一部か? と勘違いしそうなたたずまいです
 規模も小さいし、豪華な校舎ではありません・・・・
 おいらが知っている音楽大学の建物の中では、
 愛知県芸の音楽側の建物の雰囲気(管打棟除く)が一番似ている気がするくらい(?))

二枚目の写真は
グロリエッテという敷地ないの建物から
一枚目の撮影場所方向を向いて、シェーンブルン宮殿の敷地の雰囲気です。
右を向いても、左を向いても基本的に巨大な公園です
公園というよりは・・森の中・・・って感じ。
散策可能な敷地の5分の1は写っていると思う。

三枚目の写真
敷地内の森の中には、それはそれはたくさんのリスが生息しています^^
おいら・・・リスをここで初めて見た気がする(たぶん)
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