No.2

コラム: 旅行記
投稿者: sato

4日目〜6日目

3月27日(月曜日)晴れのち雨
 フライブルグ→エッティンゲン
朝ゆっくり起きてバナナつきミューズリ(フルーツグラノーラの穀物っぽいやつ)と、はちみつやジャムやヨーグルトと、コーヒーで「ドイツ的朝食」を先輩が用意してくれた。先輩は用事があったのでICEに乗って一人でフライブルグへ。ここの大聖堂は世界で最も美しいと言われているそうで、確かに、ステンドグラスも美しく、オルガンを弾いていた。中央駅は近代的で、少し歩いて旧市街に行く感じだったが、大聖堂の塔を目指して行ったので、すぐ着いた。せっかくなので塔を登った。南ドイツの町の私の印象は、一つ一つの街ごとに教会があって、小さな町でも家々がかわいらしいこと。昼はポテトとシュニッツェルとサラダ。
夕方、カールスルーエで先輩と会い、近くのエッティンゲンという小さな町へ。町のお城の中のホールで、先輩の友人がやる歌曲のコンサートを聴きに。カールスルーエへ向かう途中、昨日降りたバーデン・バーデンは雨と雷という天気だった。エッティンゲンも小雨だった。コンサートまでの時間、ラテとザッハトルテでお茶した。コンサートは、バリトンの人がすっごく立派な声だった。ちょっとした学生のコンサートでもあり、プロでもあり、お客さんも100人以上いて、あたたかい拍手をおくっていた。お城の中のサロンホールなんて、楽しいだろうな。ドイツでは、場所さえ提供してもらえれば、お金をもらってコンサートできるらしい。そういう歴史や環境が残っていて、今の生活の中にも根付いている感じがする。でも、テレビでもやっていたようにポップスもあり、今の若者のクラシックに対する考えは日本と似ているらしい。
ドイツ語の挨拶や、Ja!がよく聞こえる。(それしか聞こえない。)
夜はおいしいスペアリブを食べた。

(コンサートホール)


3月28日(火曜日)曇り

カールスルーエ探索
朝食を食べて、先輩は練習しに学校に行ったので、周辺の薬局やスーパーを巡ってみた。その後音大まで行き、先輩に案内してもらい、韓国の子と友達になり、日本人のちょうど来ていた知り合いとも偶然会う。昼食はその韓国の子と先輩と3人でパスタを食べる。イタリア人がやっている店らしかった。カールスルーエ(カール大帝の安らぎ)城を見て、お茶した。町の中心から歩いて家まで帰り、今度は別の日本人の先輩の友達と3人で夕食した。先輩の日本料理をいただきました。大学の入試に関する先生とのコネや、ビザや、家の事情とか、色々聞いていた。私はその友達の履歴書を、見た目が整うように直していた。

3月29日(水曜日)曇り

ボン→ケルン→ライン川くだり
今日は素晴らしい一日だった。まず、ボンのシューマンハウスに行った。ボンにいつ住んでいたんだっけ?と思っていたら、ボンのエンデニヒ、つまり精神病院ということに気づいた。現在は図書館兼博物館となっている。シューマンが最晩年を過ごし、息を引き取った、その場所にいた。住んでいた2つの部屋と中庭があった。展示品には、ハイデルベルグでの手紙、クララへの手紙、髪の毛、ヨアヒムに贈った布、ピアノ、肖像などがあり、そして何より部屋の空気が心に残った。遺留品からは何ともいえない雰囲気があったし、部屋には深刻な悩みが染み付いている感じがして、息苦しかった。シューマンが生きていたことを生々しく感じた素晴らしいひとときでした。


次はベートーヴェンハウス。ここでも、遺留品が心に残った。メガネや補聴器や、グラーフのピアノがあった。最後、現在までの演奏家の写真たちに囲まれた部屋があり、ベートーヴェンの音楽が流れる中で、演奏家たちの、伝統を受け継いでいく責任感のようなものを感じた気がした。

(ベートーベンの生まれた部屋)

そしてシューマン夫妻の墓地。二人が一緒に眠っているその場所に行けて、近くで拝めて、とても幸せでした。


ボンでゆっくりしすぎたため、ケルンは1時間で電車の時間がきてしまった。(ジャーマンレイルパスがないために、より安く切符を買い、指定された電車に乗らなければいけなかったため)ケルンは大聖堂を見るのが目的で、見れたのでいいけど。駅を出るとすぐ目の前にあり、大きく黒く荘厳で、怖いくらいだった。天気は曇りか時々小雨という感じで、聖堂の中は「晴れたらもっとステンドグラスが素晴らしい」らしく、少し残念。ここでやるオルガンも本当に素晴らしいそうで、いつか聴きたいな。ライン川も少し歩いてちらっと見てきた。
帰りの車窓は、素晴らしく、ライン川沿いの景色を独り占めだった。ちょうど移動中に日が暮れる感じで、薄暗くなる中で街並みがだんだん明かりによって映し出され、神秘的だった。いくつもある町や山の頂上にあるお城、川に浮かぶお城、ローレライの岩、列車からすぐ近くにある家の明かり。中世からの歴史を感じてとってもロマンチックだった。

→続き

Published:  2006/4/20 22:20