青盛のぼる の Page
8年ぶりの
ソロリサイタルが開催されました!
Sul Fiato 《 スル フィアート 》
青盛のぼるソプラノリサイタル
2006年8月19日 浜離宮朝日ホール
ピアノ:村上尊志 司 会:有江活子
残暑厳しいなか、多くの方々にご来場いただき素晴らしいリサイタルとなりました
ありがとうございました
撮影:伊東ひさし、三尾章子
ライヴ盤CDのお問い合わせは:株式会社 シーズビジョンまで
電 話:03-3298-8841 FAX : 03-3298-8847

Profile

青盛のぼる(ソプラノ)プロフィール
コンクール歴
1992年 トルトーナ国際声楽コンクール第1位
1994年 リニャーノ・サッビアドーロ国際声楽コンクール入選
1995年 パヴィア国際声楽コンクール第4位
1995年 リニャーノサッビアドーロ国際声楽コンクール第2位
1995年 カタラーニコンクール入選
1995年 マリア・カニーリア国際声楽コンクール第3位(1位なし)
1996年 サンレモ国際声楽コンクール第4位
1996年 タリアヴィーニ国際声楽コンクール第4位
1996年 ベッリ−ニ国際声楽コンクール入選
1996年 ウンベルト・ジョルダーノ国際声楽コンクール第2位
1997年 藤沢オペラコンクール入選
1997年 リニャーノ・サッビアドーロ国際声楽コンクール第2位
1997年 日本音楽コンクール声楽部門最高位入賞
1998年 エンリコ・カルーゾ国際声楽コンクール入選
1996年 リグーリア国際声楽コンクール第2位
1999年 サンレモ国際声楽コンクール特別賞受賞
2000年 イーゾレ・ボロメー国際声楽コンクール第1位
2000年 エンリコ・カルーゾ国際声楽コンクール入選
BEL CANTO(ベルカント) に魅せられて 青盛のぼる
“NOBORU、NATURALE(自然に)!、BEL CANTO(美しい歌)!”という故バルザンティ先生の言葉が脳裏をよぎる。どうやったらマリア・カラスのように美しい歌が歌えるのだろう。オペラ歌手を目指してイタリアに来て5年目、私は発声の事で壁にぶち当たっていました・・・。
大学を卒業してすぐオペラの本場イタリアに後先も考えず留学した私は、イタリア語のイの字もまったくわからず‘CIAO(こんにちは)’と‘GRAZIE(ありがとう)’の毎日でした。右も左もわからない、ましてや今自分は具体的にどんな勉強をしたら良いのかもまったくわからない状態で最初にお世話になったのが、当時90歳を過ぎたバルザンティという男性のスパルティート(オペラの音楽的なこと)の先生でした。先生はレッスン中に幾度となく‘ベルカント’、‘ナトゥラーレ’という言葉を使っていらっしゃいました。“ベルカント?美しい歌って?”と疑問を持ったのが、私がベルカントに興味を持った最初でした。
“ベルカントで歌うとはどういうことだろう?”こう漠然と思い始めたとき、マリア・カラスの歌うベッリーニのオペラ“ノルマ”の “Casta Diva(清らかな女神よ)”を耳にして、私は全身に電気が走るような感動を覚えたのです。この時、これこそベルカントではないかとひらめいた私は、彼女のように歌える日を夢みてレッスンにのめりこんで行きました。しかしはやる気持ちとはうらはらに歌の方は中々上達しません。
どの先生の所に行って勉強してもしっくり行かず途方に暮れていたその時、たくさんの歌手を育てられている発声の第一人者 ROMOLO GUGLIELMO GAZZANI 氏を紹介して下さった方がいました。初めて声を聴いて頂いた時、ガッツアーニ氏は私の問題点をすべて挙げ、「一からやる勇気があなたにあるのならいらっしゃい」と言って下さいました。それから10年、私がまがりなりにも本場イタリアで活動できるのもガッツアーニ氏が忍耐を持って私の発声をみて下さったお蔭と感謝の気持ちでいっぱいです。一生の師と仰げるベルカントの発声の第一人者ガッツアーニ氏と出会えた事によって、私のベルカントへの夢はどんどん膨れ上がっていきました。
師匠の‘ベルカント’の歴史的分析の基本は、ベルカント唱法が確立した17世紀中期から18世紀にかけてのイタリアオペラを支えていたのがカストラート歌手であったと言う事を念頭におかれていることでした。声変わりする前に去勢することにより喉頭は少年のまま、しかし肺は成人の肺であるため声は力強い響きを持ち、一種独特の音色を持つというのがカストラート歌手の特徴と伝えられています。その彼らが、音の華麗な美しさ、柔らかな響き、滑らかなフレージングに重点をおき、‘MESSA DI VOCE’(注1)による広い音域にわたる自然な発声が必要とされるベルカント唱法を生み出したという師匠の考えに感化され、この唱法を信じてやってみようという気になりました。
師匠は男性ですがいつも頭声(頭に響かせながら歌う歌い方)を使ってレッスンして下さいました。最初は師匠の声をそのまま真似ばかりしていて、周りの人に「何か青盛さんの声って男性が裏声を出しているみたい」とよく言われましたが、師匠は「ベルカント唱法はカストラートによって確立されたが、その後カストラート歌手が消滅したことによってこの歌唱法は19世紀初期に最盛期を向えた‘ベルカント・オペラ’(注2)の時代に女性歌手へと伝授されていったのだよ。この発声をマスターしたら、ベッリーニの“ノルマ”に代表されるベルカント・オペラが君のレパートリーになるから」と、長い時間をかけてゆっくり教えて下さいました。
師匠に感化されたベルカント唱法は、その後私にとって“自分の音楽スタイルを崩すことなく、自分の身体の中で感じるリズムそのもので歌うことを意味するのではないか”と思うようになり、美しい歌と言うのはナチュラルな自分の声で歌う事だと気づいた時に、ようやく私は故バルザンティ先生が仰っていた‘ベルカント’、‘ナトゥラーレ’の意味が理解できた様な気がしました。オペラ、コンサート、そして歌のコンクールなど、立場は変っても、舞台の上に立つ度に、この唱法そして師匠に助けられ、自分の音楽スタイル、レパートリーを徐々に確立できたのではないかと思っています。
そんなある日、“トスカ”のタイトルロール(主役)に抜擢されるという好運に恵まれました。しかし、“トスカ”といえばベルカント・オペラとはほど遠い、19世紀末にプッチーニによって作られたVERISMOオペラの代表作。実際楽譜を通して勉強してみて、あまりの音楽スタイルの違いに戸惑ってしまいました。東洋人がイタリアで主役として迎えられるのは、たとえ小さな劇場であっても難しいため、このチャンスをどうやって掴むかは、私の勉強如何で決めるしかないと思いました。19世紀の末期からフランスの自然主義に刺激されて、イタリアでも写実主義文学運動‘ヴェリズモ’が生まれました。形式に捕われず真実を表現して行こう、というこの運動はイタリア音楽にも浸透され始め、従来の‘ベルカント・オペラ’が陰を潜めていきました。
現実の姿をありのままに描写する、どこにでもある様な話しをもとに書かれたオペラが受け入れられる様になっていったのです。この変化は歌い手側にどの様な影響を与えたのでしょうか。従来の音色の美しさ、滑らかさを大切にしてきた‘ベルカント’唱法では物足らず、オペラの中の言葉の意味をわかってきちっと発音し、言葉を通して真実を伝えていくというもので、劇的な声が望まれるようになったのです。
‘ベルカント’唱法だけを見つめてきた私に‘ヴェリズモ’のスタイルは受け入れられるのか、レガートを大切にしている私が言葉を鮮明に声を通して前へ出して行けるのか、とにかく不安材料だらけです。そんな時また師匠が語りかけてくれました。「ヴェリズモの音楽スタイルはベルカントの時代があったからこそ生まれたもので、ベルカント唱法で歌われなければ真のヴェリズモは表現されない」と。いくらドラマティックと言っても感情だけで歌っていてはオペラ一本もたない、自分のスタイルを重要視すれば感情に流されて喉に負担がくることがないのではないかと思えるようになりました。この師匠の言葉は百万の援軍にも値する言葉で、私も何とか大役を果せたと思います。
今までを振り返ってみて、ベルカントというのは自分の音楽スタイルの上できちっと自分の言葉で、そして感情で喜怒哀楽を‘表現’していくことを指すのではないかと考えるようになりました。時代と共に音楽スタイルが変っても、作曲家の書かれたスコアにいつも忠実になって自分の声で歌う、それこそがベルカント唱法の教えそのものではないかと思えてなりません。
幼少の頃から喜怒哀楽が激しく、その持て余すエネルギーを歌との出会いによって発揮する場を持つことができ、本当にここまで気の向くまま生きてきたのではないかと実感しております。そんな私の魂と血の叫びと思ってこのCDを皆様に聴いていただければこんなに嬉しいことはありません。
最後になりましたが、このCDを誰よりも先に聴いて頂きたいのは元立教英国学院の音楽教師でいらした竹内功先生です。高校時代、ご自分のプライベートの時間も割いて、私をオペラの道に進むべく入口に導いて下さった方です。私は初心に帰るときいつも、先生が初めて歌って下さったイタリア歌曲“CARO MIO BEN”の事を、そしてその甘く美しい歌声に胸がキュンと熱くなった事を思い出します。
(注1)MESSA DI VOCE (メッサ・ディ・ヴォーチェ):
一定の音をひきのばしながら、クレッシェンドとディクレッシェンドの間を、声を押さないで自由自在に息のコントロールで歌うこと。
(注2)ベルカント・オペラ:
19世紀初頭に栄えたオペラ。ロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティなどによって書かれた作品が典型と云われる。カストラート歌手が生み出したベルカント唱法が女性の舞台進出に因って女性に受け継がれたようにこの歌唱法の技巧は、マリア・カラスを代表とする名歌手によって今日まで受け継がれている。
(CD「カスタ・ディーヴァ」ライナーノーツより)
CD「カスタ・ディーヴァ」 によせて ローモロ・グリエルモ・ガッツアーニ
レコード会社が、ある歌手の歌を吹き込んでショーウィンドウに並べようとするときに、その歌手の声に適したオペラへの起用をにらみつつそうする、というのが昨今の傾向であります。そうなると、選曲もその歌手がオペラを演じられるものを中心に組み立てられてしまい、その歌手の持つ可能性からは究めて限られた選曲となってしまうことがしばしばあるのです。
このアルバムはそうした目論見に基づいて制作されたのではありません。純粋に、ある一人の歌手の持つ声の可能性を追求しようとしているのであります。
そしてその声は、長期にわたる勤勉な修練を通じて、完璧なるオペラ歌手を育成しようというメソードのもと、厳格に作り上げられたものなのです。
このような時代においてはそれは稀有なことと申せましょう。正しい呼吸法をも含む完璧な発声技法の習得や、苦もなく豊かな音色を空間に響き渡ることができるような高いレベルでの共鳴の使い方や、さらにはピアニッシモからフォルティッシモまであらゆる音量レベルでその共鳴を中絶させたり,声色を変えてしまったりせずに歌いあげられるようにすること、などがそのような長期的視野に立った修練の当初からの狙いでした。
青盛のぼる氏は、私に師事した十年間にわたる絶えざる修練の結果、それらを成し遂げたのです。私が用いたメソードとは、今日では残念ながら使用される事が稀になってしまいましたが、カストラートであるクレシェンティーニの弟子、マティルデ・マルケージの派によって1700年代から1800年代によって使われていたものであり、さらにその派の末裔の一人から私の師に受け継がれたものであります。青盛氏が私の手に委ねられたとき、プリモ・オッターヴォ(低音)の音量が少なく、そのためにいわゆるソプラノ・レッジェーロ(軽い声のソプラノ)のレパートリーにおいて、自身の可能性のまだ三分の一しか出せていない状態でした。
しかし長期にわたる段階的な研究と練習によって、その欠点は覆い隠されたばかりかかえって長所と化し、さらには低い音でのミスト(混声)もマスターすることによって、ソプラノ・スフォガート(音域の広いソプラノ)やソプラノ・ドラマーティコ(劇的な声のソプラノ)にもそのレパートリーを広げることができたのです。
以上が、このアルバムの選曲の眼目であります。すなわち声色の美しさはもとより、正しい技法によって表情を増した声によって、青盛氏がヴィヴァルディのようなバロックから、ベッリーニ、ドニゼッティ、ヴェルディ、さらにはプッチーニのようなヴェリズモの作曲家まで自在に解釈できるのだということであります。さらに、イタリア語を完璧に解す青盛氏なら、オペラの名曲が感受性豊かな聞き手に与えるべき感情を、共感を持って情緒豊かに伝えることができるはずであることも言い添えねばなりません。

ガッツアーニ氏と
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